ARTistのCaoruってこんなひと

 

幼稚園の頃から絵を描くこととものづくりが好きでした

子供のときから画用紙いっぱいに
クレヨンで絵を描いたり、工作をするのが大好きな子供でした。

 

 

今、コラージュという
絵とものづくりが一緒にできる貼り絵スタイルに
たどり着いたのはこの頃から好きだった事が繋がっているのだと思います。

 

小学2年のとき脳内出血で左半身不随になるところだった

 

小学2年生のときいきなり、右脳の血管の一部が
切れてしまい、クリスマスイブに手術をすることに。

女の子だったけど、
長い髪の頭を丸坊主にして手術に臨みました。

10時間を超える手術は無事成功。

そこでたくさんの人たちから
看病してもらったり、お見舞いにきてもらったり、と
たくさんの愛を受け取りました。

 

あともうすこし手術が遅れていたら
絵を描くための左手を失っているところでした。

 

高校入学のために独学でデッサンの勉強をして合格した

 

ずっと絵は好きだったので、高校から絵の道に進もうと
決めましたが、デッザンを習う塾は高い、、と思い

 

中学2年の頃から、美術の授業の後にデッサンを見せて
美術の先生からデッサンを教えてもらったり

美術書を読んで、デッサンを学び
無事、デザイン科に入学することができたのでした。

絵を描くための技術、基礎はその高校で
全てを学び、今に繋がっています。

 

高校生で個展をして、新聞社にアポなしで飛び込み新聞に載る

 

人と違うことをしていこう、

 

普通の高校生がやらない事をしたいな、と思い
バイトで貯めたお金で個展をすることに。

 

それだけではあきたらず、

新聞社に高校の制服のまま
アポなしで飛び込みに行き、

 

「わたしは高校生だけど、個展をします。ぜひ取材してください」

と売り込みに。

なんと、ちゃんと取材をしてもらえることになり
大きめの記事として載せてもらえたことも。

怖いものがなにもない無敵の18歳でした

 

絵の勉強をしに18歳で単身イタリア、パリ、NYへ

 

美大に行くメリットをあまり感じることがなかったので

 

これまた、人と違うことをしたい、

と思い海外へ行くことを決める。

 

海外へ行くためにバイト3つ掛け持ちをして

週6働いて、毎日の自由時間はたった2時間、
という毎日を過ごし

 

高校卒業後、約半年で初海外、ひとりで出て行きました。
イタリアのフィレンツェで絵の工房に入るため2ヶ月滞在。

 

その後美術館巡りのためにパリとNYへも行きました

 

絵はもう見飽きた。おなかいっぱい、というところまで沢山の芸術に触れ

そして、3ヶ月の旅が終わり帰国。

 

自分の絵のスタイルを確立させてガンガン絵を描いた

 

とにかく異国の地で受けたインスピレーションを
形にしよう、と絵を描きまくり、

個展をしまくり、イベント出まくっていました。

 

帰国してからは、ありがちだけども
日本の良さ、や魅力に気づき

和紙や日本の材料を使って、和風な絵を描くように。

 

これが今の作風に繋がっています。
一発目に描いた和風の作品がフランスで賞をもらって
自信をつけたこともありました。

 

なにをやっても売れなくて、燃え尽きてしまった下積み時代

 

わたしの夢は絵を描いて売って、それで食べていくこと

 

作品を作っては個展をし、イベントにも出ていた
だが、なにも売れることはなかった

 

嬉しい感想をもらえることはあっても、
それが次の仕事やなにかに繋がることはなかった。

 

ずっと仕事をしながら絵を描き、
あれがダメなら次はコレ、とチャレンジしまくっていき

絵のためになりそうなことはなんでもしてきた。

 

絵のために、ずっと生きてきて、

 

遊ぶこともゆっくり休むことも、
なにもかもすべてを捧げても

 

結果が出ないことが辛くて、

 

とうとう燃え尽きたのでした。

 

スランプ時代に入ってずっと自己啓発ばかり勉強していた

 

ネガティブってなに??

悩む時間って無駄じゃない??というくらい

 

ポジティブ・自信の塊だった、自分がまさかスランプになって
自信を喪失するとは思っていなかった

 

好きなこととして趣味としてやるなら自信はあったが、

 

そこにお金(=それで生活したい)が絡んでくると
途端に、弱気になってしまったのでした。

 

わたしの絵の魅力が分からない人はいいよ、別に。
と、昔は思えていたのに

 

わたしの絵に魅力がないからダメなのかな、売れないのかな、と
思うようになるまで考え方が落ちていった

 

すっかり自信を失くしたわたしは
自信を取り戻したい一心で自己啓発ばかり読みあさり

 

なんとか自信を取り戻そうと頑張っていた

 

なにもかもが嫌になって飛びにいったマカオバンジージャンプ

 

結局失った自信はかんたんには戻らなくて

冴えない自分になっているのがどうしても嫌で

一度この自分を終わらせたい、と思い立ち

 

マカオのバンジージャンプで
今の自分を終わらせてみよう、と

 

自分の誕生日にマカオタワーから飛んでみたのでした

 

もう一度海外に出て、視野を広げて来ようと決心

 

ずっと仕事をしながら、

本を読んだりして自信をつけたかった
絵描きになりたいのに、絵を描くのが嫌になってしまった

 

子供の頃から夢を追いかけていたのに

 

本末転倒になってしまった、今の自分
日本にいてもなにも変化がないな、、、

 

また、イタリアに飛び出した頃のように
海外で外の世界を見てみよう。

 

そう思って、今マレーシアに来ています

 

海外で絵を描いて生きてみたかったのなら
もういっそのこと海外に出てしまおうと思って
来てみました。

 

スランプとずっとにらめっこをしていた日々。

 

日本から一度出てみて、

 

海外に出て、
住んでみたかった憧れのマレーシアの部屋に住んでみて

 

色んなものをみて、面白い人たちと触れ合って

 

そうして

いい刺激を受けて良い絵が描けるようになればいいと
思って、今わたしはマレーシアにいます。

 

誰かの一歩を踏み出すきっかけに

 

わたしは一人で海外に行くことが多いので、
自分で全部下調べをしてから出国します。

 

海外に住む、となって色々と調べていると
役に立つ情報がたくさんありました。

でも、現実的な情報ばかりみていると、
マレーシア行きが全然楽しく感じられなくなることもありました。

 

なので、今度はわたしが実用的な情報以外にも、

現地の生活感や面白い所を紹介してみて

 

誰かがマレーシアに踏み出す一歩のきっかけにでも
なってもらえたらいいな、と

 

ブログを書きはじめたのでした。

 

なので、何気ない現地のことを知ってもらって
マレーシアのことを身近に感じてもらえたらいいな、と。